SBTi(Science Based Targets initiative)への認定申請は、以前は大企業中心の取り組みだったが、中小企業(SME)向けの簡略化経路が整備されたことで、売上高50億円以下の中堅・中小製造業でも現実的な選択肢になっている。日本国内でも協発工業(金属プレス)をはじめとする中小製造業の申請事例が積み上がっており、大手取引先がサプライチェーンエンゲージメントでSBTi取得を求め始める中で、対応の優先度が上がっている。

SBTiとは何か——基本概念の整理

SBTiは国連グローバル・コンパクト・CDP・WRI・WWFが共同設立した国際イニシアティブで、企業の温室効果ガス削減目標が「パリ協定が目指す1.5℃または2℃の気温上昇抑制に整合しているか」を科学的に検証・認定する機関だ。「科学的根拠に基づく目標(SBT)」として認定されることで、取引先・投資家・消費者への信頼性の高い脱炭素コミットの証明になる。

2024年末時点で世界8,000社超、日本では700社超がSBTiコミットメント・認定を取得している。日本での申請数は2022年以降急増しており、特にトヨタ・日立・パナソニック等の大手サプライヤーが一次取引先にSBTiコミットメントを求め始めたことで、中堅・中小企業での申請が増加している。

SMEプログラムと標準版の違い

SBTi SMEプログラム vs 標準版の比較
01

対象企業規模

SMEプログラムは従業員500人以下または売上高5,000万ユーロ(約80億円)以下が対象。日本の中堅製造業の大部分がこの基準に収まる。資本金・グループ会社との関係で条件が変わる場合があるため、SBTiのウェブサイトで確認が必要。大企業のグループ子会社は親会社と合算で判断される場合があるため注意が必要。

02

Scope 3要件

標準版ではScope 3の詳細開示が求められるが、SMEプログラムではScope 3の把握・削減目標設定が原則不要(任意)。この差が準備工数に最も大きく影響し、SME版の方が1〜2年早く申請に到達できるケースが多い。Scope 3測定の体制整備が難しい中小企業にとって、この要件緩和が実質的な参入障壁の引き下げになっている。

03

目標設定の簡略化

SME版では絶対値削減目標(Scope 1・2を5年以内に一定率削減)または強度削減目標の選択が可能。複雑なSBT方法論(Sectoral Decarbonization Approach等)の適用は不要で、テンプレートに沿った目標設定ができる。SBTi指定のSMEツール(スプレッドシート)に入力するだけで目標計算が完了するため、外部コンサルへの依存度を下げられる。

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検証プロセス

標準版は第三者検証が必要で費用が発生するが、SMEプログラムは自己申告ベースの簡略プロセスを採用している。ただし、SBTiが提出された目標のサンプル検証を行うことがあり、排出量算定の根拠書類を整備しておくことが推奨される。

申請プロセスと必要な準備

SBTi SME申請は基本的に以下の順で進む。まずSBTiウェブサイトで「Commitment」(コミットメント)を宣言し、24ヶ月以内に目標を提出する。目標提出時に必要なのは、基準年のScope 1・2排出量と削減目標の計算根拠だ。

SBTi SME申請で準備すべき3点
01

基準年Scope 1・2排出量の算定

電力消費量(請求書ベース可)・燃料消費量をGHGプロトコルに沿って排出量に換算する。基準年は原則2020年以降とし、COVID-19の影響を受けた年を避けて設定するのが実務上の推奨。電力排出係数は経済産業省・環境省の公表値(サプライヤー別排出係数)を使う。社内で複数拠点がある場合、すべての事業所の消費量を合算する必要がある。

02

削減目標の計算

1.5℃整合目標はScope 1・2を2025年比で2030年までに42%以上削減が目安(SBTi最新ガイドラインに基づく)。具体的な省エネ施策・再エネ調達計画と照合して実現可能性を確認する。目標が野心的に見えても、現実的な施策が積み上がっていれば問題ない。省エネ設備投資・太陽光設置・非化石証書購入の組み合わせで達成シナリオを描く。

03

コミットメント宣言の前の内部承認

SBTiコミットメントは経営陣のサインが必要。宣言後に目標提出を怠ると公式リストから除名される。代表取締役または役員レベルでの意思決定と、ESG担当者へのリソース配分の確認を先行させる。コミットメント宣言はSBTiのウェブサイトで無料で行えるが、目標提出・認定には申請料金が発生する(2024年時点でSME向けは割引料金)。

申請費用と必要リソース

SBTiへの申請は、コミットメント宣言自体は無料だが、目標提出・検証には費用が発生する。2024年時点のSME向け申請料は標準版より大幅に安く設定されており、1,000ユーロ前後(約16万円)が目安だ。ただし費用は定期的に改訂されるため最新情報を確認が必要。

社内工数としては、Scope 1・2排出量算定に40〜80時間程度、目標計算・申請書類作成に20〜40時間程度が現実的な目安になる。既にGHG排出量を算定している企業(CDPや環境省GHGプロトコルへの回答実績がある)は準備工数を大幅に削減できる。

日本での活用事例

協発工業(金属プレス・自動車Tier2/3)はSBTiのSMEコミットメントを宣言し、大手自動車Tier1からのサプライヤー調査票回答に「SBTi目標設定済み」として記載できるようになった。直接の受注増加への効果は定量化しにくいが、取引先のESGアンケートでの評価点が向上したと同社は公表している。

その他の活用パターンとして:

  • 欧州輸出企業:CSRD対応で取引先の排出量情報を求められるケースが増えており、SBTi目標設定はScope 3データ提供の信頼性を高める
  • 公共調達対応:環境省グリーン購入法・国土交通省の脱炭素建設などで、SBTiコミットが評価される入札案件が増加している
  • 金融機関との関係:SBTiコミットを持つ企業への優遇融資(グリーンローン・ESGローン)を提供する金融機関が増えており、調達コストの低減につながるケースがある
SBTi申請を優先すべき企業の特徴
01

大手サプライヤーとの取引依存度が高い企業

トヨタ・日立・パナソニック・ソニー等の大手企業はサプライチェーンエンゲージメントでSBTi取得を推奨または要求している。一次取引先としての立場を維持するために、申請対応が実質的に必須になってきている企業がある。

02

欧州向け輸出実績がある企業

CSRD(企業持続可能性報告指令)の影響でEU域内の取引先が日本サプライヤーの気候目標の開示を求めるケースが増えている。SBTiコミットはこの要求への最も認知度の高い回答になる。

03

ESG評価機関のスコア改善を目指す企業

CDP・EcoVadis・Sustainalyticsなどの評価機関のスコアにSBTi認定は直接プラスの影響をもたらす。銀行・投資家からの評価改善を通じた資金調達コスト低下を目標としている企業に特に有効。

中小企業でも「申請中」というステータスだけでも調達評価の基準を満たすケースが増えており、完了を待たずにコミットメント宣言から始めることを優先する動きがある。コミットメント宣言から24ヶ月以内に目標を提出すれば良いため、まず宣言を先行させ、その間にScope排出量算定体制を整備するという順序が、最もリソース効率が高い進め方だ。