2024年後半からのEV需要鈍化は、SiC(炭化ケイ素)パワーデバイス市場の成長シナリオを大きく書き換えた。OEMの電動化ペース減速に伴うSiCモジュール発注の先送りが相次ぎ、短期的な在庫調整が積み上がった。一方で、産業機器・太陽光インバーター・データセンター向け需要が予想を上回るペースで拡大しており、EV一辺倒から需要の多角化が構造的に進んでいる。
この変化はSiC市場の成長が止まったことを意味しない。需要源泉の分布が変わっているという点が重要だ。2022〜2023年のSiCブームはEV向けに一点集中した需要急増が主因であり、その反動として現在の在庫調整が生じている。しかし産業・太陽光・データセンターの各セグメントは、EV向けと異なる需要サイクルを持ち、ボラティリティが低い。調達側から見れば、EV依存度の高いサプライヤーと多角化が進んだサプライヤーでリスクプロファイルが大きく異なる局面に入っている。
EV鈍化とSiC在庫調整の構図
2023年にEV向けSiCモジュール需要が急拡大した反動で、2024年後半にかけてOEMおよびTier1の在庫水準が高まった。Tesla、BMW、Stellantisなど主要OEMが電動化投資の一部を先送りするとともに、HEV(ハイブリッド車)比率の見直しが進んだ。
SiCのコスト優位が顕在化するのは400V超の高電圧システムだ。BEV(バッテリーEV)では800Vアーキテクチャへの移行が標準化しつつあるため、SiCの採用は長期的には拡大するが、移行期間中のHEVへの揺り戻しがSiC採用率を一時的に低下させている。この構造は2026〜2027年にかけて一定程度解消されるとみられており、長期的なEV向けSiC需要の回復は確実視されている。
EV向け需要の長期回復シナリオ
EV向けSiC需要の本格回復は、いくつかの構造変化が完成するタイミングに依存している。
800Vアーキテクチャの普及:800V高電圧プラットフォームはSiCのスイッチング特性が最も活きる環境だ。Hyundai/KiaのE-GMP、メルセデスのEQXXなどが先行しており、2026〜2028年にかけて主要OEMが800Vプラットフォームへの移行を完了するとみられている。
コスト低下による採用閾値の引き下げ:SiC MOSFETのコストがSi IGBT比2倍以内になると、EV向けの経済合理性が大幅に向上する。8インチウェハ量産化による2028〜2030年のコスト低下が採用加速の条件になっている。
中国EVメーカーのSiC採用拡大:BYD・NIO・Xpengなど中国メーカーの高性能EV向けにSiCが採用されており、中国市場が欧米OEMと並ぶSiC需要の柱になりつつある。中国EVメーカーは国内SiCメーカー(BYD半導体・天岳先進)との調達関係を深めており、この動向はグローバルSiC市場の競争構図にも影響している。
EV外の需要が埋める分——3軸の実態
太陽光発電向けパワーコンディショナ、産業用モーター制御、データセンターのUPS・PSUという3分野でのSiC採用が拡大している。いずれもEVほど採用サイクルが速くないが、単価・ロット安定性という点では予測しやすい需要特性を持つ。さらに、省エネ規制の強化が各セグメントで設備更新の需要を後押しする構造になっており、景気変動への感応度がEV向けより低い点も特徴だ。
産業用モーター・インバーター
工場自動化・空調・ポンプ等の高効率化需要が拡大。切替周波数の高さからSiCのスイッチング損失低減効果が大きく、エネルギーコスト上昇を背景に採用加速が見込まれる。IEC 61800系のモータドライブ省エネ規制強化も追い風になっており、欧州・日本の産業機器メーカーが新規設計でSiCを採用するケースが増加している。年間更新台数が安定的に見込めるため、需要ボラティリティが低い。
太陽光発電パワーコンディショナ
グローバルで拡大する再エネ設備投資に連動する。単相・三相パワコン双方でSiC MOSFETの採用が増加しており、特に1MW超の産業用・発電所向けで高速スイッチングの優位が効く。変換効率の向上(99%超の達成機種が増加)がSiC採用の経済的根拠になっており、EV向けと異なり年間を通じて安定した需要が見込める。グローバル太陽光導入量が年間400GW超に達する中で、PCS市場は長期成長が確実視されている。
データセンターPSU・UPS
AIサーバー向け電源の高効率化要求が厳格化している。SiCを使用したUPSは従来シリコン比で変換効率が2〜3pt向上するケースがあり、電力コスト削減のROIが明確に計算できる。データセンター事業者の投資は2026〜2028年も継続が見込まれており、景気感応度の低さがEVとは異なるリスク特性をもたらしている。Microsoftの2030年カーボンネガティブ目標など大手クラウド事業者の脱炭素目標が、高効率パワーデバイスへの需要を後押しする構造がある。
在庫調整の現在地と需要回復のタイミング
2024年後半から2025年前半にかけてのSiCデバイス在庫調整は、Wolfspeed・STMicro・ローム等のサプライヤーの生産調整と出荷価格の軟化として現れた。2025年後半には在庫水準が正常化しつつあるとのサプライヤー側の発信が増えており、2026年以降の需要回復は産業用・太陽光需要に先行する形で進むとみられている。
EV向けSiC需要の本格回復は800Vアーキテクチャへの移行が主要OEMで完了する2027〜2028年頃との見方が業界内で多い。この間、産業・太陽光・データセンターの3軸がSiC市場の成長を下支えするという構造が続く。
EV依存度高(60%超)
Wolfspeedは2023〜2024年のEV長期契約に注力しており、EV市場の変動への感応度が高い。2025年のキャパシティ投資の一時停止はEV依存度の高さから来るリスクの顕在化。産業・太陽光向けへの多角化は進めているが、まだEV中心の構成。
多角化が進む(EV40%以下)
ローム・富士電機は産業用の長期顧客基盤があり、EV鈍化期でも比較的安定したレベニューを維持。STMicroもステランティス向けEV依存がありながら、産業・太陽光向けの拡大を進めており、ポートフォリオの分散が進んでいる。
データセンター特化型(新興)
GaNSystems(Infineon傘下)・Navitas・EPC等はデータセンター向けGaN/SiCに注力しており、EVとは異なる需要源泉を持つ。AI投資継続を背景にした安定成長が見込まれる。
調達先の需要ポートフォリオを評価する
SiCデバイスを調達先として評価する場合、EV向け売上比率だけで将来性を判断するのは不十分だ。EV向けが全売上の60%超を占める企業は在庫調整リスクを抱えているが、産業・太陽光・データセンターへの販路が複数あれば需要の平準化が期待できる。
具体的な評価軸として「用途別売上比率の推移」と「顧客ポートフォリオの分散度」を財務報告書から確認することが有効だ。サプライヤーのセグメント別売上が公開されている場合、EV比率の変化と産業・再エネ比率の変化を組み合わせて追うことで、在庫調整の影響度と回復シナリオを評価できる。調達先との定期的な情報交換の場でも、用途別受注状況を確認しておくことが供給安定性の早期把握につながる。
