EUは2020年に「サーキュラーエコノミー行動計画(CEAP)」を策定し、製品の設計段階から廃棄・リサイクルまでを循環型に設計することを企業に求める規制体系を整備してきた。2024〜2026年にかけて施行されるEU電池規則・エコデザイン規則(ESPR)・右修理権指令は、特に電池・電子機器・繊維・建材を製造する企業に直接影響する。これらの規制は日本企業に直接適用されないが、EU向け輸出製品の設計・素材選定・廃棄物管理体制に対する要件として実質的に波及する。
サーキュラーエコノミーとは何か——線形経済との違い
従来の「採取→製造→廃棄」という線形経済モデルから、「設計→使用→回収→再生→再使用」の循環型に移行することがサーキュラーエコノミーの核心だ。EUは気候変動対策と資源安全保障を同時に達成する手段としてサーキュラーエコノミーを推進しており、2030年に向けた規制強化の波は日本製造業にも到達している。
サーキュラー設計の要件は製品設計・製造工程・サプライチェーンの全段階に及ぶ:
- 設計段階:修理可能性・分解容易性・再生材使用を前提とした設計
- 製造段階:廃棄物最小化・水使用効率・有害物質使用の排除
- サプライチェーン:リサイクル素材の調達・素材のトレーサビリティ確保
- 使用・廃棄段階:拡大生産者責任(EPR)に基づく回収・リサイクル体制
EU電池規則——バッテリーに組み込まれた循環設計義務
EU電池規則(2023年施行)はEV・産業用・携帯機器向けバッテリーに対して、カーボンフットプリントの申告・リサイクル素材の含有率最低限・デジタルバッテリーパスポートの添付を義務付けている。2025年以降に段階的に強化される要件の中で、EV向けリチウムイオン電池では「リサイクルコバルトの最低含有率4%→2030年に12%」「リチウムは2〜4%→2030年に4〜10%」という数値目標が設定されている。
この規則は、電池セル・パックを製造するメーカーだけでなく、電池を組み込んだ製品(EV・産業機械・電動工具等)の製造業者にも連鎖的に影響する。EU向けにEVや電動機器を販売する日本メーカーは、部品調達段階でリサイクル素材含有率の証明書を取り寄せる体制が必要になる。また2027年から義務化されるデジタルバッテリーパスポートには、素材の出所・製造・リサイクル情報をQRコードでアクセス可能な形式で提供することが求められる。
リサイクル素材含有率の最低基準
コバルト・リチウム・ニッケル・鉛の再生材含有率の最低値が段階的に引き上げられる。EU向けEV電池メーカーは採掘由来100%の素材構成から脱却し、リサイクルサプライヤーとの調達関係を構築する必要がある。日本の電池材料メーカーはリサイクル素材対応製品の開発が急務。
デジタルバッテリーパスポート(2027〜)
電池のライフサイクル情報(素材出所・製造工場・カーボンフットプリント・健康状態・リサイクル方法)をデジタル形式で提供する義務。サプライチェーン全体でのデータ収集・管理インフラが前提条件。部品・素材レベルの情報提供が調達取引の前提条件になる。
カーボンフットプリント申告(EV電池は2025年〜)
EV向けバッテリーは2025年からPCF申告が義務化。申告値はEU基準と比較され、2028年以降は閾値を超える製品の販売が制限される。電池メーカーのサプライヤーにもPCF一次データの提供が要求されるため、素材サプライヤーまでのカーボンデータ整備が求められる。
エコデザイン規則(ESPR)——製品設計への循環設計義務
ESPRは電気・電子製品・繊維・建設資材など幅広い製品カテゴリに対して、耐久性・修理可能性・リサイクル可能性・再生材使用比率を製品設計要件として定める。2025〜2027年にかけて品目別の委任規則が順次策定・施行される見通しだ。
製造業への最も直接的な影響は「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」の義務化だ。製品の素材構成・修理情報・環境性能・リサイクル情報をデジタル媒体で付与することが義務付けられる。日本のサプライヤーが欧州向け製品に部品を供給する場合、部品レベルの素材構成・有害物質含有情報をDPPに提供することが取引条件になる可能性が高い。
修理権指令(Right to Repair):2024年に施行された修理権指令は、EU販売品の修理サービスへのアクセスを消費者が得られるよう義務付け、修理部品・ソフトウェアツールの提供を製造者に求める。設備の長期使用を促進する方向性であり、製造業のアフターサービス体制に影響する。
日本の製造業が取り組む循環設計の実務
欧州規制への対応は義務ではあるが、サーキュラー設計は同時にコスト削減・新規事業の機会でもある。日本でも資源循環の経済効果が注目されており、自動車部品のリマニュファクチャリング(再製造)・半導体製造工程での排水・排ガスのリサイクル・金属切削くずの高純度回収といった取り組みが広がっている。
製品設計の循環設計(設計部門連携)
分解・修理・再生しやすい製品構造への移行。接着剤を避けネジ止めを優先する修理性設計、素材を単一材料に統一するリサイクル性設計、交換部品の長期供給保証が設計段階から要件化される。ESPR・修理権指令に対応した設計ガイドラインを設計部門に整備することが、EU向け製品開発の前提条件になる。
リサイクル素材の調達(調達部門連携)
再生アルミ・再生プラスチック・再生銅等のリサイクル素材サプライヤーとの調達関係を構築する。品質・コスト・含有率証明の取得が調達評価の新たな軸になる。EU電池規則の要件充足には調達先の証明書体制整備が先行条件。リサイクル素材の品質証明(含有率・出所トレーサビリティ)を調達先に要求する体制を整備する。
廃棄物・副産物の価値化(生産部門連携)
製造工程で発生する廃棄物(切削くず・スラグ・廃液・廃触媒)の社内リサイクルまたは外部への素材販売を検討する。廃棄物の処理コスト削減と同時に、リサイクル素材としての価値化が新たな収益源になるケースがある。拡大生産者責任(EPR)の強化に伴い、廃棄物管理コストが製品価格に転嫁されにくくなるため、廃棄物削減自体が直接的なコスト削減になる。
デジタルプロダクトパスポート(DPP)への対応
DPPは製品情報をデジタル形式でアクセス可能にする仕組みで、QRコード・RFIDタグ等で製品に情報を紐付ける。DPPに記載される主な情報:
- 素材構成(含有比率・リサイクル材の割合)
- 有害物質含有情報(RoHS・REACHへの適合状況)
- カーボンフットプリント(製品PCF)
- 修理・メンテナンス情報(分解手順・部品番号)
- 廃棄・リサイクル方法
DPP対応のためには、サプライヤーから素材・部品レベルの情報提供を受けるデータ収集体制が必要になる。これはScope 3 Cat.1の算定に必要なデータ収集と多くが重複しており、PCF算定・Scope 3開示・DPP対応を統合したデータ基盤整備が効率的だ。
EUのサーキュラーエコノミー規制は2030年に向けて適用範囲と要求水準が段階的に拡大していく。日本企業にとって今最も重要な対応は、自社製品のどの部分が欧州のどの規制に触れる可能性があるかをマッピングし、設計・調達・廃棄物管理の各部門が同じ課題認識を持つことだ。規制対応は義務の充足だけでなく、素材・設計面での差別化と欧州市場での競争力維持という長期的な意味を持っている。
