欧州主要OEMはSiCの安定調達と価格交渉力の確保を目的に、調達アーキテクチャを再設計している。Teslaがデバイスダイレクト調達を先行させ、OEMがデバイスを直接サプライヤーから購入してTier1に支給するビジネスモデルを確立した後、VW・BMW・ステランティスも類似のアプローチを検討・実装しつつある。この変化は日系Tier1のビジネスモデルに構造的な影響を与える。単なる部品調達方針の変更ではなく、SiCデバイスという高価値部品の利益分配をめぐるバリューチェーン再編だ。
背景には、SiCモジュールが車載インバーターコストの30〜50%を占めるという経済的な重みがある。この比率は従来のIGBTモジュール時代より高く、OEMにとってデバイスの直接調達は原価管理の観点から放置できない課題だ。2023〜2024年のEV需要鈍化と在庫調整局面を経て、OEMはSiCデバイスのコスト構造をより直接的に把握・管理しようとする動きを強めている。
SiCモジュールのコスト構造——なぜOEMが介入するか
EV向け車載インバーター(エレクトリックドライブモジュール)のコスト構成は、従来のIGBTモジュール採用時代から大きく変化している。SiC MOSFETへの移行によってデバイスの単価が上昇し、モジュール全体の原価に占める素子コストの比率が40〜55%に達するケースがある。具体的な数値感として、800V系EVのメインインバーター1台あたりのSiCデバイスコストは2〜4万円規模(2024年時点、車種・出力によって異なる)に達しており、100万円台の高級EVでも全体製造原価の数パーセントを占める大きな品目になっている。
この構成から、SiCデバイスを直接OEMが調達することで、Tier1を経由するマークアップを回避できる潜在的な価格削減効果が生まれる。Tier1のマークアップ率は製品・契約によって異なるが、デバイス価格の10〜25%相当という試算が業界内で語られている。10億円規模のデバイス調達で考えると1〜2.5億円のコスト差になり、OEMにとって交渉・直接調達のインセンティブが明確に存在する。
欧州OEMの3つの調達アプローチ
デバイスダイレクト調達(Tesla型)
OEMがWolfspeed・STMicro等と直接長期契約を結び、デバイスをTier1に支給する方式。OEMがデバイス価格を直接交渉でき、Tier1のマージン構造に影響が出る。VWグループが部分的に採用を検討しており、デバイス支給と引き換えにTier1に対してモジュール組み立て・熱設計のみを委託する形態が現れている。
長期複数ソース契約(BMW型)
デバイス選定をTier1に委ねながらも、OEMがSiCサプライヤーとの長期フレームワーク合意を並行して結ぶ方式。供給リスクを分散しながらTier1との関係を維持できる。日系Tier1との既存関係に対する影響が比較的小さく、Tier1は独自のデバイス選定権を維持できる。ただし、OEMがサプライヤーリスト(AML)を事前承認するケースでは、デバイス選択の自由度が制約される。
内製化・垂直統合(ステランティス型)
STMicroelectronicsとの合弁でSiCウェハ・デバイスの内製化を進める方式。長期的な価格安定と技術優位確保を目指すが、巨額の設備投資と立ち上げリスクを伴う。ステランティスはシシリー工場でのSiC生産を計画しており、欧州内でのサプライチェーン完結を目指している。
OEMごとの戦略の違い——メルセデス・現代・BMWの動向
欧州OEMの中でもSiC調達戦略は一枚岩ではない。メルセデス・ベンツはEQシリーズのSiCインバーターにおいてSTMicro製デバイスを採用しており、デバイスメーカーとの直接的な技術協議をTier1を介さずに行う体制を整備している。ただし組み立て・モジュール化は引き続きTier1に委託するハイブリッド型に近い。
現代自動車グループ(現代・起亜・ジェネシス)はE-GMPプラットフォームでSiCを大量採用しており、ロームおよびオン・セミコンダクターとの複数ソース戦略を展開している。韓国系Tier1(LS Electric等)との連携が強く、日系Tier1がこの流れに参入するには明確な付加価値の提示が求められる。
BMWは長期複数ソース型の代表例であり、インバーターはBoschおよびVitescaを主要Tier1として起用しながら、SiCデバイスのAMLを自社で管理する形を採る。Wolfspeed・Rohm・STMicroの3社を承認サプライヤーとして維持しており、供給リスクを分散している。
日系Tier1への波及——何が変わるのか
デンソー・アイシン・ジェイテクトなどの日系Tier1は、これまでデバイス選定を含むインバーター設計全体をコントロールしてきた。このモデルでは、デバイス調達価格と顧客向け部品価格の差額がTier1のマージン源の一つだったが、OEMのダイレクト調達が進むとこのマージンが圧縮される。
さらに深刻な影響は設計権の変化だ。OEMが「デバイスを支給するから、このデバイスを使ってインバーターを設計してほしい」という要求をするケースでは、Tier1がデバイス特性を前提とした最適設計(ゲートドライブ・熱設計・EMC設計)を行う必要がある。つまり、選定済みデバイスに合わせた設計能力が評価されることになり、「特定デバイスに最適化した設計スキル」の重みが増す。
マルチデバイスへの対応能力構築
OEM支給デバイスの種類が多様化する前提で、Wolfspeed・STMicro・ローム等の複数デバイスに対応したモジュール設計・評価能力を持つことが差別化になる。デバイスごとの熱設計・ゲートドライブ設計のノウハウ蓄積が競争力の源泉となる。
熱設計・パッケージ付加価値への集中
デバイス単体の調達マージンが縮小する中、封止・ヒートシンク・バスバー設計・冷却構造といったモジュールアーキテクチャでの付加価値がTier1の競争力になる。ダブルサイド冷却・液冷モジュールへの設計能力が次世代の差別化要素だ。
欧州・米国系SiCサプライヤーとの技術関係構築
OEMのダイレクト調達が定着する前に、Tier1が欧州・米国系SiCサプライヤーとの技術・商務関係を先行して構築しておくことが、将来の設計パートナーとしての評価につながる。サプライヤーの技術ロードマップへの早期アクセスが設計競争力に直結する。
デバイス支給モデルの設計上の課題
OEM支給デバイスを受け取るTier1には、設計上の課題が発生する。支給されたデバイスの性能パラメータ(短絡耐量・ゲート閾値電圧・寄生容量)が従来使用デバイスと異なる場合、保護回路・ゲートドライブの再設計が必要になる。この設計変更工数はTier1の負担になる可能性が高く、OEMとの契約でどちらが設計変更コストを負担するかの議論が重要になる。
また、支給デバイスの品質問題発生時の責任所在が複雑化する。Tier1がデバイスを調達していた場合はTier1がデバイスの品質に責任を持てるが、OEM支給の場合はデバイス起因の不具合についてOEM・デバイスメーカー・Tier1の三者で責任分担を明確化する必要がある。この法的・商務的な整理が、支給モデルへの移行を実務的に困難にする要因の一つになっている。
韓国系Tier1との競合——デンソー・アイシンが直面する圧力
日系Tier1が欧州OEMのSiC関連ビジネスで直面するもう一つの構造的な変化は、韓国系Tier1(Hyundai Mobis・Hanon Systems等)の台頭だ。韓国系Tier1は現代・起亜OEMとの強固な関係を背景に、SiCインバーター・パワーモジュールの内製化を急速に進めており、欧州OEMへの提案活動も積極化している。
競合の主な軸は「コスト」と「開発スピード」だ。韓国メーカーは労働コストの低さと国家支援を背景に、競争力のある価格提案ができる。一方で日系Tier1の強みは「信頼性の実績」と「複雑な熱設計・EMC設計のノウハウ」にある。この優位を欧州OEMに対して具体的なデータで示すことが、受注維持の基本戦略になる。
8インチウェハへの対応スピード
SiCの8インチウェハ量産が2028年に向けて加速しており、8インチ対応デバイスを使ったモジュール設計への移行がTier1間の競争軸になる。早期に8インチデバイスサプライヤーとの設計協業を始めたTier1が、コスト競争力で先行する。
OEM直接調達への設計対応力
OEMがデバイスを直接指定するモデルに適応するため、Tier1は指定デバイスへの設計最適化スピードが評価軸になる。デバイス非依存の設計プラットフォーム(電流センサ・ゲートドライブの汎用化)を持つTier1が有利になる。
ソフトウェア定義車両(SDV)対応
SDVの普及でインバーターの制御ソフトウェアが高度化しており、ハードウェア設計だけでなくファームウェア・AUTOSAR対応ソフトの開発能力がTier1の競争力に加わる。この領域は日系Tier1がまだ強みを持つが、競合の追い上げが始まっている。
SiCの調達構造変化は単なる部品調達の話ではなく、Tier1のビジネスモデル変革を迫る問題だ。日系Tier1がこの変化を機会として捉えるには、デバイスに依存しないシステム設計力と欧州デバイスサプライヤーとのリレーションシップ構築が先行条件になる。変化の速さからすると、2026〜2027年の次世代EV向け設計に対して、今から動かなければ間に合わない局面にある。
