BRSRコア(Business Responsibility and Sustainability Reporting Core)は、インドの証券規制当局SEBIが2023年に策定した強制開示フレームワークだ。9つの Leadership Indicators を対象に「reasonable assurance」——監査法人による合理的保証——を要件とする点が、従来の自己申告型開示と根本的に異なる。開示フォームに数字を埋めるだけでは足りず、その数字の計算根拠と境界設定まで保証の対象になる。
BRSRとBRSRコアの違い——制度の全体像
BRSRはインドの上場企業に求められる非財務情報開示フレームワーク全体の名称だ。2021年にSEBIが義務化し、上位500社から段階的に適用が拡大している。BRSRの構成要素として「BRSRコア」という厳格な検証付き開示項目が2023年に追加された。
BRSRの9つの原則(事業倫理・従業員福祉・環境・消費者保護等)に対して、選択的な開示指標(Leadership Indicators)の中から9項目がBRSRコアとして指定されており、これらについてのみ reasonable assurance が要求される。
BRSRコアの9指標: 1. 温室効果ガス(GHG)排出強度 2. 水消費強度 3. エネルギー消費強度(再エネ比率) 4. 廃棄物発生強度 5. バリューチェーン開示(任意→将来義務化方向) 6. 安全衛生関連指標 7. 男女賃金格差 8. 地域社会開発支出 9. 苦情処理機構の有効性
製造業調達担当者にとって最も重要な指標はGHG排出強度(1)・エネルギー消費強度(3)・バリューチェーン開示(5)の3つだ。
FY26-27 に何が起きるか——段階適用スケジュールと対象企業
SEBIはBRSRコアの適用を時価総額上位から段階的に拡大している。
FY23-24の上位150社から始まったこのスケジュールは、FY26-27に上位1,000社へ拡大する。日本企業の調達先として接点が多いインドの Listed mid-cap——約3.6億〜18億ドル規模(₹3,000〜₹15,000 crore)の製造業——は、この最終フェーズで新たに対象に入る企業が集中している。義務化前でも、欧米の大手輸出先から ESG サプライヤー調査票が先行して届いているケースが増えており、制度と市場要請が同時に押し寄せている状況だ。
9属性のうち製造業調達で見る3つの軸
BRSRコアは9属性を対象とするが、製造業の調達評価という文脈で実務上の重みが大きい領域は3つに絞られる。
Scope 1・2 排出量の第三者保証
数値の算出だけでなく計算根拠と境界設定まで保証対象。工場ごとのメータリング体制が整っていない企業は対応が難しい。BRSRコア要件では排出量を「産業標準」と比較した形での開示が求められ、業種内でのパフォーマンス比較が可能になる。
エネルギー強度の産業標準比較
SEBIが2024年12月に公表した業種別 industry standards との乖離を開示する。再エネ比率が低い企業には数値面で不利な開示になりやすい。この指標は取引先から「エネルギー効率がインド業種平均比でどうか」を評価する材料として活用できる。
バリューチェーン開示
FY25-26から voluntary(任意)扱いが確認されているが、大手取引先からの評価対象になるため、対応の遅れが調達競争力に影響する。特に欧州への輸出実績がある企業は、CSRD対応でバリューチェーン情報の提供を求められるため、BRSRコアとCSRDの両要件を同時に満たすデータ整備が効率的だ。
Scope 1・2 の第三者保証について補足すると、工場ごとのエネルギーデータの粒度が問われる。電力消費量は電力会社の請求書ベースで把握できても、生産量との関係でエネルギー強度を計算できるかどうかは別の話だ。排出量算定の前段階として、製造ラインごとの電力計測体制が整っているかが実質的な準備の基点になる。
進んでいる企業と準備途上の企業——現場の対応差
同じ Listed mid-cap でも、欧州輸出の有無と業種によって対応スピードに大きな差がある。
輸出型で先行しているのは Sundram Fasteners(約7.2億ドル規模・自動車部品・輸出比率約40%)と Bharat Forge(約18億ドル規模・鍛造・欧米輸出)だ。Sundram は SBTi への認定申請を進めており、Scope 3 バリューチェーン排出量の把握にも着手している。欧州顧客からの CBAM 関連データ要請が早期の対応を促した背景がある。Bharat Forge は CDP 回答を継続しており、第三者 assurance の取得経験がある。EcoVadis スコアを欧州 Tier1 への提示に活用している事例が確認されている。
一方、RACL GearTech(ギア部品・中規模)のような企業では、専任のサステナ担当者を置かず経営企画チームが兼任する形で対応している段階だ。データ収集の粒度よりも「どの指標を最初に計算するか」の優先順位付けが課題になっている。Cosmo Films(約3億ドル規模・フィルム包装・欧米輸出)は包装材という性格上 CBAM の直接対象外だが、欧州顧客の ESG 調査票要件の変化を注視している。
BRSRコア reasonable assurance——実務上何が求められるか
reasonable assurance は「限定的保証(limited assurance)」より高い水準の保証であり、会計監査の保証水準に近い。具体的には以下が求められる:
算定根拠の文書化:排出量・エネルギー消費量の計算式・使用した排出係数・集計境界を文書化し、保証機関がトレースできる状態にすること。
計測インフラの整備:電力消費量は工場別のメーターで実測値を取得することが前提。複数テナントが入居するビルからの按分値では保証が困難なケースがある。
第三者保証機関の選定:KPMG・Deloitte・BV等の大手が対応するほか、インド国内の独立環境コンサルタントも保証サービスを提供。費用は企業規模・指標数によって異なるが、初回100〜500万円程度が目安。
調達先評価への組み込み方——3点スクリーニング
対象フェーズを確認する
時価総額ランキングとBRSR適用スケジュールを照合し、FY25-26(500社)か FY26-27(1,000社)かを確認。義務化時期が1年違う。インドの時価総額ランキングはBSE・NSEの公開データから確認できる。
CDP・EcoVadis 回答実績を確認する
いずれかの回答実績があれば、Scope 1・2のデータ収集体制が一定水準にある。回答がない場合は準備段階と判断できる。CDPインドの回答企業リストは公開されており、主要取引先の回答状況を事前確認できる。
保証取得の予定時期を確認する
FY26-27から義務となる reasonable assurance に向けた準備スケジュールを持っているかが、対応の本気度を測る指標になる。保証機関との契約開始時期を確認することで、準備の具体性を判断できる。
これら3点が揃っている企業は、FY26-27の義務化前から実質的な開示体制を構築していると判断できる。逆に、対象フェーズが近いのに CDP・EcoVadis 回答がない企業は、今後12〜18ヶ月でデータ整備が急がれる可能性が高い。調達側から「いつまでに保証取得の予定か」を確認しておくことが、後手のサプライチェーンリスクを避ける手がかりになる。
なお、バリューチェーン開示(Value chain reporting)については、SEBI の 2025-03 circular で FY25-26 からの voluntary 扱いに変更された。義務ではないが、大手取引先が調査票で「サプライヤーの Scope 3 データを提出すること」を求めるケースが先行している。この点は制度の義務化スケジュールだけを追っていると見落としやすい。
