CBAMの申告義務を直接負うのはEU輸入者(正確には「認定CBAM申告者」)であり、日本の製造元がEU当局に申告書を提出するわけではない。しかし申告に必要な埋め込み排出量データを算定・提供する責任は一貫して日本の製造元にある。EU輸入者がデータを持っていなければ申告ができず、デフォルト値(保守的な推計値)が適用されて証書購入コストが膨らむか、最悪の場合は輸入停止になる。CBAMへの対応は「EU側の問題」ではなく、日本の製造・輸出現場の問題だ。

申告の主体と役割分担——誰が何を担うか

CBAMの構造を理解する第一歩は、三者の役割分担を正確に把握することだ。

CBAM申告の三者役割分担
01

EU輸入者(認定CBAM申告者)

CBAM申告の法的義務者。EU加盟国の所轄当局(NCA)に「認定CBAM申告者」資格を申請・取得する。CBAM証書を購入し、年次申告時に償却する。2026年1月以降、認定を受けていない事業者はCBAM対象品目を輸入できない。EORI番号を保有するEU域内の事業者のみが申請できる。

02

日本の製造元(第三国製造者)

製品ごとの埋め込み排出量を算定し、EU実施規則(Commission Implementing Regulation 2023/1773号)が定める方法論・様式でEU輸入者に提供する。算定の根拠データ(エネルギー消費量・生産量・排出係数等)を5年間保管する義務がある。算定精度がCBAM証書コストに直結するため、製造元側の対応が全体コストを左右する。

03

EU当局(欧州委員会・NCA)

欧州委員会がCBAM登録簿(CBAM Registry)を管理し、証書の発行・価格設定・償却を一元管理する。各加盟国のNCA(独:Zoll、仏:DGDDI等)が認定CBAM申告者の審査と申告書の検証を担当する。証書価格はEU ETS排出枠の週次平均オークション価格に連動し、欧州委員会が毎週公表する。

申告フェーズの全体像——移行期間から本格実施へ

CBAMは2023年10月のスタートから二つのフェーズで段階的に義務が強化された。

申告形式
移行期間(2023–2025年)
四半期報告
本格実施(2026年〜)
年次申告(翌年5月31日)
財務義務
移行期間(2023–2025年)
なし
本格実施(2026年〜)
CBAM証書の随時購入・年次全量償却
デフォルト値
移行期間(2023–2025年)
代替可
本格実施(2026年〜)
使用可だが大幅コスト増
輸入資格
移行期間(2023–2025年)
全EU輸入者
本格実施(2026年〜)
認定CBAM申告者のみ
登録システム
移行期間(2023–2025年)
Transitional Registry
本格実施(2026年〜)
CBAM Registry(本登録簿)

移行期間の四半期報告フロー(2023〜2025年)

移行期間中の報告サイクルは四半期ごとに繰り返された。このフェーズを通じて報告体制を整えた企業と、デフォルト値で逃げた企業・未報告だった企業では、2026年以降の対応コストに大きな差が生じている。

移行期間の四半期報告フロー(4ステップ)
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STEP 1|EU輸入者がデータ要求を送付

EU輸入者が日本製造元に対して「CBAM Data Request」を送付する。要求内容は製品別の埋め込み排出量・算定方法・製造施設情報。要求タイミングは各四半期末の1〜2ヶ月前が多い。書式はEU標準様式またはEU輸入者の独自フォーマット。

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STEP 2|日本製造元が排出量を算定・提供

製品1トン当たりの直接排出量(Scope 1)と電力由来の間接排出量(Scope 2)を算定する。算定できない場合はEUのデフォルト値(上位10%高排出企業レベル)を使用。自社算定値がデフォルト値を下回れば証書コスト削減につながるため、算定体制の整備が重要。

03

STEP 3|EU輸入者がTransitional Registryに報告

四半期末から1ヶ月以内が提出期限(Q1:4月30日、Q2:7月31日、Q3:10月31日、Q4:翌年1月31日)。報告項目は輸入品目・数量・原産国・埋め込み排出量・算定方法・原産国での炭素価格支払い実績。

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STEP 4|修正・補足対応

NCAから不備指摘があった場合は修正版を再提出する。デフォルト値使用分について自社算定値への更新が可能な場合もある。移行期間中の報告データは本格実施フェーズの参照ベースになるため、精度を上げておくことが長期的なコスト管理につながる。

2026年以降:本格実施フェーズの年次申告フロー

本格実施フェーズでは、EU輸入者は年間を通じて証書保有義務を負い、翌年5月31日に年次申告と証書償却を同時に行う。

本格実施フェーズの年間フロー(4フェーズ)
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フェーズ①|認定取得(2026年1月以前に完了必須)

EU輸入者が加盟国NCAに「認定CBAM申告者」の申請を行う。必要書類はEORI番号・財務状況証明・コンプライアンス体制の説明等。認定なしではCBAM対象品目の輸入が不可能になるため、EU輸入者が未認定の場合は即座に輸出継続が困難になる。日本の製造元はEU取引先の認定状況を確認しておく必要がある。

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フェーズ②|随時証書購入と保有義務管理(1月〜12月)

証書はCBAM Registryを通じて随時購入できる。価格はEU ETS排出枠の週次平均に連動。重要な制約として「四半期末時点で保有証書数が当該年の総排出量見込みの80%以上」でなければならない(EU規則第22条)。見込み排出量の把握と証書購入タイミングの管理が年間を通じた実務課題になる。

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フェーズ③|年次CBAM申告書の提出(翌年5月31日)

前年1月1日〜12月31日に輸入したCBAM対象品目について、CBAM Registryに年次申告書を提出する。記載事項は品目・数量・原産国・製造施設・埋め込み排出量総量・算定方法・炭素価格控除申請。提出と同時に、算定された埋め込み排出量に相当する証書を全量償却する。

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フェーズ④|記録保管と当局への対応

申告に使用したデータ・算定根拠・輸入者との取引記録を申告年から5年間保管する。NCAによる申告内容の審査・検証に対応できる体制が必要。不備・未申告の場合は100ユーロ/tCO2e(EU ETS未履行と同水準)のペナルティが課される。

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埋め込み排出量の算定方法論——3つのアプローチ

EU実施規則(2023/1773号)が認める算定方法は3つある。精度と実務負荷のバランスで選択する。

埋め込み排出量の算定方法論
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方法①|実排出量モニタリング(最推奨)

工場の燃料・電力消費量を実測し、排出係数を掛け合わせて算定する。EU実施規則が定める算定式に準拠する必要がある。精度が最も高く、自社排出量がデフォルト値より低ければ証書コストを直接削減できる。省エネ法の定期報告(エネルギー使用量・原単位)で使用しているデータを流用できる場合があり、新規計測投資を最小化できるか事前確認が推奨される。

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方法②|マスバランス法

製造工程へのインプット(原料・燃料)とアウトプット(製品・副産物)の物質収支から排出量を推計する。工程が複雑で直接計測が難しいプロセス産業(化学・肥料等)に適している。計算の透明性が確保しやすいが、配賦係数の設定方法についてEU当局の審査を受ける場合がある。

03

方法③|デフォルト値の使用(最後の手段)

欧州委員会が品目・原産国別に設定する値を使用する。自社で算定データを準備できない場合の代替手段だが、デフォルト値は各セクターの上位10%高排出企業レベルで設定されており、実際の自社排出量より大幅に高い場合がほとんど。長期的には方法①への移行を前提に、デフォルト値は暫定的な措置と位置付けるべきだ。

算定の単位と配賦の問題

算定値は製品1トン当たりのtCO2e(一部品目はMWh当たり)で表す。同一製造施設で複数品目を製造する場合、設備ごとのエネルギー消費量と生産量を製品別に配賦するプロセスが必要になる。この配賦計算——どの設備のエネルギーをどの製品にどの割合で割り当てるか——が算定作業の中で最も技術的に難しい部分だ。配賦方法はEU規則が定める階層(実測→契約値→推計値)に従って選択する必要がある。

日本の製造元がEU輸入者に提供するデータセット

EU輸入者が年次申告書を作成するために日本製造元から入手する必要があるデータを整理する。実務上はEU輸入者から「CBAM Data Request Form」として正式な要求が届く。

製造施設情報
内容・留意点
工場名・住所・地理座標(緯度経度)。EUのCBAM Registryに登録する施設IDが付与される場合あり
対象製品のCNコード
内容・留意点
EU関税品目分類(8桁)。同じ製品でも加工度によってCNコードが変わるため、輸出品ごとに確認が必要
直接排出量(Scope 1)
内容・留意点
製品1tCO2e当たりの直接排出量。燃料種別・消費量・IPCC排出係数の根拠データとセットで提供
間接排出量(Scope 2)
内容・留意点
製品1t当たりの電力由来CO2排出量。日本の系統平均排出係数(環境省公表値)または実際の購入電力の排出係数を使用
算定方法論の記述
内容・留意点
EU実施規則に準拠した算定方法を記述した文書(英語)。算定根拠の監査に耐えられる詳細度が必要
第三国炭素価格情報
内容・留意点
日本で支払った炭素税等の額・法的根拠・支払い証明(控除申請する場合のみ)

第三国炭素価格の控除申請——日本での炭素税支払いは使えるか

CBAM対象品の製造時に原産国で炭素価格を支払っている場合、その分をCBAM証書購入量から控除できる(EU規則第9条)。

控除申請の3要件
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要件①|法令に基づく賦課であること

任意の排出量取引や自主的なカーボンオフセットは対象外。日本の地球温暖化対策税(石油石炭税の上乗せ分)は法令根拠があるため対象要件を満たす。J-クレジットの購入は法的義務ではないため控除対象にならない。

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要件②|実際に支払われていること

免除・還付・補助金等で実質的に負担していない部分は控除できない。日本では一部の事業者が省エネ法上の優遇措置を受けているケースがあり、実質負担額の確認が必要。

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要件③|埋め込み排出量に対応していること

支払った炭素価格が申告する製品の埋め込み排出量に直接対応していることを示す必要がある。排出量と炭素価格支払いのトレーサビリティを帳簿で管理しておくことが実務上の前提になる。

日本の現状評価:日本の地球温暖化対策税は289円/tCO2(約1.7ユーロ/tCO2)で、EU ETSの炭素価格(65〜85ユーロ水準)と比べると約2〜3%に相当する。控除額は小さいが、制度上の権利として申請実績を積んでおくことと、将来の炭素価格引き上げ(GX-ETS本格化等)に備えた算定フロー整備に意義がある。

ペナルティと記録保管義務

ペナルティと記録保管
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証書未償却ペナルティ

年次申告期限(5月31日)までに必要な証書を全量償却できなかった場合、未償却分に対して100ユーロ/tCO2eのペナルティ(EU規則第26条)。EU ETSの未履行ペナルティと同水準。さらに翌年の証書義務量が未消却分の分だけ上乗せされる。加盟国のNCAが独自の追加制裁を設けている場合もある。

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申告不備・虚偽申告

不完全な申告・虚偽の排出量データには、NCAによる申告是正命令および国内法に基づく罰金が課される。排出量を過小申告した場合は追加の証書購入を求められる。故意の虚偽申告はより重い制裁の対象になる可能性がある。

03

記録保管義務(5年間)

申告に使用したデータ・算定根拠・製造施設のエネルギーデータ・EU輸入者への提供書類・取引契約書を申告年から5年間保管する必要がある。電子データで管理し、NCAの照会に対して1週間以内に提示できる体制が望ましい。

実務チェックリスト——今すぐ確認すべき事項

EU向け輸出企業の実務チェックリスト
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取引構造と対象品目の確認

①自社のEU向け輸出品目のHSコードをCBAMの対象CNコードと照合した。②商社・代理店経由を含め最終仕向地がEUかどうかを確認した。③EU輸入者が「認定CBAM申告者」資格を取得済みかを確認した。④EUへの直接輸出が年50トン未満かどうか(以下なら一部義務免除)を確認した。

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排出量算定体制の整備

①製品別・製造施設別の直接排出量(Scope 1)を算定できる体制がある。②電力の系統排出係数(環境省公表の調整後排出係数)を把握している。③省エネ法報告データをCBAM算定に流用できるか確認した。④算定根拠データを5年間保管できるドキュメント体制がある。⑤自社算定値とEUデフォルト値を比較し、差額を試算した。

03

EU輸入者・社内連携の整備

①EU輸入者から届くデータ要求の書式・期限・責任分担を年間取引契約に明記している。②CBAM対応データを英語で提供できる社内体制(担当者・承認フロー)がある。③日本の炭素税支払い実績を帳簿で管理し、控除申請に必要な証拠を保管している。④業界団体(日本鉄鋼連盟・日本アルミニウム協会等)のCBAMガイドラインを参照している。

CBAMはEU輸入者が申告書を提出する制度だが、実質的な対応コストと実務負荷の多くは日本の製造元側に集中する。埋め込み排出量の自社算定ができるかどうかが証書購入コストを直接決め、データ提供体制の整備がEU輸入者との関係継続を左右する。2026年本格実施を経て、CBAM対応の完成度が欧州向け輸出の競争条件の一つになってきている。

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