TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)は、自然・生物多様性に関連するリスクと機会の把握・開示の枠組みを提供する国際的なイニシアチブである。2023年9月に最終勧告を公表し、自然関連財務情報開示の枠組みを確立した。TNFDの勧告は、昆明・モントリオール生物多様性枠組み(COP15で採択)の国際政策目標と整合しており、気候変動に関するTCFDおよびISSBのIFRSサステナビリティ開示基準と一貫したアプローチを取る。推奨開示文書は英語・フランス語・日本語・韓国語・中国語・ポルトガル語・スペイン語の7言語で提供されている。

2025年のClimate Week NYCではTNFDが勧告公表2周年の状況報告書を発表した。世界各地での採用が進んでおり、規制当局・証券取引所・主要投資家がTNFD対応を調達・投資基準に組み込み始めている。TCFDで馴染みのある4柱構造(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標)が採用されているため、既存のサステナビリティ開示インフラを活用しやすい設計になっている。

TNFDの4つの開示柱
01

ガバナンス

取締役会による自然関連リスク・機会の監督と、先住民族・地域コミュニティへの人権方針の開示。

02

戦略

短中長期の自然関連リスク・機会の特定、シナリオ分析による戦略レジリエンスの評価。

03

リスク管理

自然関連リスクを特定・評価・管理するプロセスの開示。全社リスク管理との統合。

04

指標と目標

自然への依存・影響・リスク・機会を測定する指標と目標値の設定・開示。

LEAPアプローチ:自然関連課題の評価プロセス

TNFDが策定したLEAPアプローチは、あらゆる規模の組織が自然関連課題を体系的に評価するための実践的フレームワークである。4年間の調査・実証テストを経て策定された。LEAPは以下の4ステップから構成される。

L — Locate(位置の特定): 自社の事業立地・サプライチェーンが自然と接点を持つ場所を特定する。生物多様性ホットスポット、水ストレス地域、重要生態系との地理的重複を地図化する作業である。IBAT・Global Biodiversity Information Facility(GBIF)・空間データプラットフォームなどの活用が実務上推奨されている。

E — Evaluate(評価): 特定された場所における自然への依存(Dependencies)と影響(Impacts)を評価する。TNFDは企業が自然資本(生物多様性、水、土地、大気、海洋)に依存している度合いと、逆に企業活動が自然に与えている圧力の両面を把握することを求めている。

A — Assess(リスク・機会の評価): 依存・影響から生じる自然関連リスクと機会を財務的に評価する。物理的リスク(生態系サービスの喪失による操業コスト増)・移行リスク(規制強化・市場変化)・評判リスクの3類型でリスクを整理する。

P — Prepare(準備と開示): 評価結果を踏まえた戦略・目標・管理プロセスを整備し、4柱構造で開示する。

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バリューチェーン・移行計画・SBTs for Nature

TNFDはバリューチェーン全体への適用を求めており、バリューチェーンガイダンスが上流・下流サプライチェーン全体の自然関連課題評価を要求する。製造業や食品・農業セクターでは、原材料調達地の生態系との接続が特に重要になる。

移行計画ガイダンスはGFANZ(グラスゴー金融同盟)およびTPT(移行計画タスクフォース)のベストプラクティスを基盤に構築されており、自然関連の移行リスクを気候関連の移行計画に統合することを推奨している。2030年自然ネットゲインや特定の生物多様性指標など、科学的根拠に基づく自然目標(Science-based Targets for Nature, SBTs for Nature)の企業向けガイダンスも提供されており、SBTiの自然版フレームワークとの整合を支援している。

TCFDとの整合と採用状況

TNFDの4柱構造(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標)はTCFDと同一であるため、TCFD対応済みの企業はデータ収集・委員会構造・報告フォーマットの多くを流用できる。ただし気候と自然では空間的な粒度が異なる。気候リスクは国・地域レベルで評価できる場合が多いが、自然リスクはサイト・流域レベルの地理的解像度が必要になる点が実務上の主な差異である。

CSRD(企業サステナビリティ報告指令)の欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)には生物多様性・生態系に関するESRS E4が含まれており、TNFDとの整合が事実上求められる方向にある。欧州・北米・アジアの金融機関が貸出審査・投資基準にTNFD開示を組み込み始めており、開示要求が投資家から取引先・サプライヤーへと波及する動きが加速している。

実務で始める手順

TNFD対応の開始ステップは以下の通りである。まず、自社のセクター・事業地・サプライチェーンを踏まえた「マテリアリティの絞り込み」を行う。全自然課題を同時に扱うのは非現実的であり、依存度・影響度・規制圧力の高い自然資本カテゴリを優先する。次に、LEAP Lとして主力拠点のジオタグ情報と生物多様性データセットを突合し、自然との重複マップを作成する。この段階では無料の公開データ(GBIF、WRI Aqueduct等)を活用できる。その後、LEAP EとAで依存・影響・リスクの定性評価を行い、既存のTCFD委員会プロセスに自然課題を追加する形で開示体制を整備する。

TNFDは自然関連情報開示において現時点で最も包括的な国際基準であり、SBTs for Natureや生物多様性条約との接続も整備されている。TCFD対応済みの組織が次の開示拡張として自然に取り組む場合、LEAPアプローチを入口にし、L段階の空間データ取得から始めることが最も現実的な初手となる。

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