世界銀行は2026年5月19日、年次報告書「State and Trends of Carbon Pricing 2026」を公表した。報告書によれば、炭素税・排出量取引制度(ETS)など炭素価格付け政策は世界全体で87本に達し、対象となる世界のGHG排出量の割合は29%と、2012年の7%から大幅に拡大している。

市場規模の拡大と財政効果

世界の炭素クレジット・許可証の取引から生じた政府収入は2025年に1,070億ドルを超え、ETSの累計収入は2016年以降で3倍以上に増加した。収入の用途は各国によって異なるが、日本のGX-ETSでは収入が次世代エネルギー・脱炭素化への移行基金に充当される設計となっており、炭素価格付けを財政政策と産業転換の双方の手段として活用する方向性が鮮明になっている。

2026年の新市場:日本・インド・ベトナム

報告書は2026年に日本、インド、ベトナムが相次いで排出量取引制度を始動したことを特筆する。日本のGX-ETSは2026年度から炭素集約型業種への適用が本格化し、インドのカーボンマーケット(CBM)は国内産業の排出削減実績を制度的に評価・取引するインフラとして整備が進んでいる。ベトナムも自国のパイロットETSの運用を開始した。先進国・新興国を問わず政策導入が続く構図は、炭素価格付けが局所的な環境政策から国際的な経済・競争政策の文脈に移行していることを示す。

CBAMの波及効果

欧州連合のCBAM(炭素国境調整メカニズム)については、直接の貿易コスト影響(鉄鋼・アルミ・肥料・セメント等の対EU輸出品)が世界貿易全体の0.5%未満にとどまると試算される一方、報告書はその「触媒効果」を重視している。輸出企業が欧州向け製品のCBAM証書コストを回避するために自国の炭素価格制度の整備を求める動きが、各国での炭素価格付け導入を促す動機として機能しているという分析だ。CBAMが貿易障壁というよりも炭素価格のグローバル普及を加速する制度として作用している側面が改めて確認された形になる。

日本企業への実務示唆

日本企業にとってこの報告書が示す実務的な意味は三つある。第一に、GX-ETSの本格稼働により国内製造拠点のCO₂排出量に事実上の価格がつく局面が到来しており、設備投資・調達先選定における炭素コストの内部織り込みが不可欠になる。第二に、インド・ベトナムのETS始動は、アジアサプライチェーン全体での炭素コスト計算の複雑化を意味する。第三に、CBAMの証書コストは現時点では相対的に小さいが、EU ETS価格の水準が上昇するにつれて対EU輸出品の価格競争力に直接影響するため、長期的な製品設計・製造地点の選択に組み込む必要がある。世界銀行の報告書は各国制度を横断的に整理した数少ない年次参照資料であり、担当部門が炭素価格トレンドを俯瞰する際の起点として活用できる。