EU(欧州連合)が2026年1月に本格適用を開始したCBAM(炭素国境調整措置:Carbon Border Adjustment Mechanism)は、世界初の国際貿易を対象とするカーボンプライシング制度である。EU域内の製造業が負担するEU ETSの炭素コストと、域外からの輸入品との間のコスト格差を是正することで、炭素リーケージ(CO₂排出量が規制の緩い地域に移転する現象)を防ぐ狙いがある。

2023年10月から移行期間が始まり、報告義務のみで支払いは発生しない時期を経て、2026年1月に本格課金フェーズへ移行した。日本の製造業・輸出企業にとっては、輸出コストの押し上げと開示要求の増大という二つの圧力が同時に高まっている。

対象品目とスケジュール

CBAMが対象とするのは現時点で鉄鋼・セメント・アルミニウム・肥料・電力・水素の6分野。EU ETSが適用される製造工程で排出されるCO₂(および一部の温室効果ガス)が計上対象となる。排出量の計算はGHGプロトコルには準拠しない独自基準を採用しており、電力由来のCO₂も含まれる点に注意が必要だ。

フェーズ期間内容
移行期間2023年10月〜2025年12月排出量の報告義務のみ、支払い不要
本格実施2026年1月〜証書購入義務、申告・支払い発生

本格実施後、EU輸入者は毎年5月31日までにCBAM申告書を提出し、CBAM証書を購入・提出しなければならない。年間50トンを超えるCBAM対象品の輸入業者には「認定CBAM申告者」の資格取得が義務付けられており、未納付の場合はCO₂換算トン当たり100ユーロの罰金が科される。

簡素化規則(Omnibus)による変更点

2025年10月、欧州委員会はOmnibusパッケージの一環としてCBAM簡素化規則を施行した。

Omnibus簡素化の3つの変更点
01

少量輸入者の免除

年間50トン未満のCBAM対象品輸入者は申告・証書購入義務の対象外となった。中小輸入者・中小メーカーの規制負担が軽減される一方、大量輸入者への適用は変わらない。

02

証書購入スケジュールの延期

2026年輸入分の証書購入開始は当初予定から延期され、2027年2月へと後ろ倒しになった。企業の準備期間が実質的に延長された形となる。

03

デフォルト値の利用緩和

申請者が事前理由なしにデフォルト排出量値を使用できるようになった。排出量データの収集コストを抑えることが可能になり、特に中堅メーカーにとって負担軽減の効果がある。

証書の価格と炭素コストの計算

CBAM証書の価格はEU ETS競売価格(CO₂換算ユーロ/トン)に連動する。2026年は四半期平均、2027年以降は週次平均で算定される仕組みだ。

輸入品の製造段階ですでに炭素価格が支払われている場合、その相当額をCBAM証書費用から控除できる。この控除規定は、GX-ETSなど国内の炭素価格制度を運用する国の輸出事業者にとって重要な救済措置になる。再生可能エネルギー調達(オフサイトPPA等)によって製造工程の排出量を削減することが、CBAMコスト管理の実効的な手段として注目されている。

日本企業への影響

日本のEU向け輸出で最も直接的な影響を受けるのは鉄鋼・アルミニウムのメーカーと輸出商社だ。経済産業省はすでにねじ・ボルト等の鉄鋼製品を含む対象品目のセクター別炭素排出量算定ガイドラインの整備を進めており、輸出事業者が自社の排出量データを整理する土台を提供している。

影響を受ける企業類型
01

鉄鋼・アルミ輸出事業者

対象6業種に直接該当する輸出企業。認定申告者の資格取得、排出量データの整備、ETS連動の証書コスト管理が求められる。GX-ETS炭素価格の控除活用が競争力に直結する。

02

素材系サプライヤー

EU輸出品を製造するエンドメーカーのサプライチェーンに組み込まれている企業。CBAMはサプライチェーン全体の排出量を評価対象とするため、自社の炭素強度データの提供が取引継続の条件となる。

03

完成品メーカー(将来対応)

現時点では完成品への直接適用はないが、2028年以降の拡大対象として検討されている。素材調達段階でのCBAMコスト転嫁はすでに起きており、設計・調達の脱炭素化が中長期的な課題となる。

今後の拡大見通し

欧州委員会は現在の6業種に加えて、2028年以降に機械・家電などの完成品へのCBAM拡大を検討している。英国とEUのETS連結が成立すれば、英国原産品はCBAM課金の免除対象になり得る。現時点では完成品製造業への直接適用はないが、サプライチェーンを遡った排出量データの要求はすでに始まっている。「自社は対象外」と判断している企業も、取引先のCBAM対応を通じて間接的に影響を受けることを前提に備えておく必要がある。

まとめ

CBAMは2026年に本格稼働した。Omnibus簡素化で手続き負担は軽減されたが、制度そのものは後退していない。鉄鋼・アルミの直接輸出事業者はGX-ETS炭素価格の控除活用と排出量データ整備が急務だ。完成品メーカーは自社排出量だけでなくサプライヤーの炭素強度まで把握する体制の構築が、2028年以降の制度拡大への備えになる。