EU(欧州連合)が2026年1月に本格適用を開始したCBAM(炭素国境調整措置:Carbon Border Adjustment Mechanism)は、国際貿易を対象とする世界初のカーボンプライシング制度である。EU域内の製造業が負担するEU ETSの炭素コストと、域外からの輸入品とのコスト格差を是正し、炭素リーケージ(CO₂排出が規制の緩い地域へ移転する現象)を防ぐ狙いがある。法的根拠は規則(EU)2023/956で、EU ETSの無償排出枠の段階的廃止と連動して設計されている。
2023年10月から約2年3か月の移行期間(報告義務のみ・支払いなし)を経て、2026年1月に本格課金フェーズへ移行した。課金自体は2026〜2034年にかけて段階導入される(EU ETS無償枠の縮小と歩調を合わせる)。EU向けに対象素材・エネルギーを輸出する企業や、それらを使う完成品メーカーにとっては、輸出コストの押し上げと排出量データ要求の増大という二つの圧力が同時に高まっている。
対象品目とスケジュール
CBAMが対象とするのは現時点で鉄鋼・セメント・アルミニウム・肥料・電力・水素の6分野。EU ETSが適用される製造工程で排出されるCO₂(および一部の温室効果ガス)が計上対象となる。排出量はGHGプロトコルに準拠しない独自基準で算定し、電力由来のCO₂も含まれる点に注意が必要だ。
- 2023年10月〜2025年12月移行期間
排出量の報告義務のみで、証書の支払いは発生しない(約2年3か月)。
- 2026年1月〜本格実施
認定CBAM申告者制度と証書購入義務が開始。課金は2026〜2034年に段階導入。
- 2027年2月/9月証書販売・初回申告
CBAM証書の販売開始は2027年2月。2026年分の初回年次申告期限は2027年9月30日。
本格実施後、EUの輸入者は毎年の年次申告でCBAM申告書を提出し、申告内蔵排出量に対応する量のCBAM証書を購入・返納しなければならない(電力・水素は特別扱い)。2026年分の初回年次申告の提出期限は2027年9月30日で、当初の5月末から後ろ倒し(簡素化で8月末へ延長後、さらに整理)された。年間50トンを超えるCBAM対象品の輸入業者には「認定CBAM申告者」の資格取得が義務付けられる。
簡素化規則(Omnibus)による変更点
欧州委員会はOmnibusパッケージの一環としてCBAM簡素化を導入した。手続きを軽くしつつ、課金対象の排出量の大宗は維持する設計だ。
デミニミス免除(50トン未満)
年間累計輸入量50トン未満のCBAM対象品輸入者は申告・証書購入義務の対象外。中小輸入者の負担を軽減する一方、全排出量の約99%はなお課金対象としてカバーする設計。
証書販売・申告の後ろ倒し
2026年輸入分の証書販売開始は2027年2月へ、申告期限も後ろ倒しに。企業の準備期間が実質延長された。
デフォルト値の利用緩和
申請者が事前理由なしにデフォルト排出量値を使用できるようになり、初期のデータ収集コストを抑えられる。
2025年末の施行規則アップデート
CBAMは枠組み(2023/956)の下で施行規則が継続的に整備されており、「移行期の理解」で止めると実務を誤る。直近で押さえるべき動きは次のとおり。
- 埋め込み排出量の検証・算定(2025年12月):内蔵排出量の検証原則と算定方法を定める施行規則が制定された。申告に使う排出量の「測り方・検証のされ方」が具体化している。
- 無償割当調整の算定(2025年12月16日):EU域内生産者が受ける無償排出枠に対応する調整(CBAM証書の控除)の算定方法が定められた。
- 適用範囲の明確化(2025年10月):大陸棚・排他的経済水域への持込み品にもCBAMを適用する施行規則が制定された。
- 算定境界の整理:アルミ・鉄鋼製品で、EU-ETS対象外の生産過程に体化した排出量はバウンダリーから除外する方向で整理が進む。
2026年6月の実務更新
欧州委員会は2026年6月23日に、CBAM申告で使う実値とデフォルト値に関するFactsheetを公表した。初期対応ではデフォルト値で申告を始める余地がある一方、低炭素な素材を供給する企業ほど、実測・検証済みの排出量データを示せるかがコスト差と取引条件に直結する。さらに2026年6月26日には各国所管当局(NCA)リストも更新されており、EU輸入者側がどのNCAを通じて認定申告者申請とレジストリ利用を進めるかを確認することが、輸出側のデータ提供と同じくらい重要になっている。
証書の価格と炭素コストの控除
CBAM証書の価格はEU ETS排出枠のオークション価格(€/tCO₂)に連動する。輸入品の製造段階で既に炭素価格が支払われている場合、その相当額を証書費用から控除できる。第三国の炭素価格の控除算定については、2027年から欧州委員会が年間平均控除価格(EUR/t-CO₂e)を公表する方向で、各国の炭素税・ETSなど国内炭素価格制度を持つ国の輸出事業者にとって重要な救済措置になる。再エネ調達(オフサイトPPA等)で製造工程の排出量を下げることも、CBAMコスト管理の実効的な手段だ。
企業への影響
最も直接的な影響を受けるのは、EUへ鉄鋼・アルミ・肥料・セメント・水素・電力を輸出する企業と、EU側でそれらを輸入する事業者だ。制度上の義務はEU輸入者にかかるが、輸入者は製造時の内蔵排出量データを域外サプライヤーへ求めるため、実務負担はサプライチェーン全体に広がる。
EU輸入者・認定申告者
対象品をEUへ輸入する主体。認定申告者の資格取得、年次申告、証書購入・返納、NCAとの手続き管理が必要になる。
域外の素材輸出事業者
鉄鋼・アルミなど対象素材の供給者。実測・検証済み排出量データ、第三国炭素価格の証明、低炭素素材の説明力が競争条件になる。
素材系サプライヤー
EU輸出品を作るエンドメーカーのサプライチェーンに組み込まれる企業。CBAMは内蔵排出量を評価するため、自社の炭素強度データ提供が取引継続の条件になりうる。
完成品メーカー(将来対応)
現時点で完成品への直接適用はないが、拡大対象として検討中。素材調達段階でのCBAMコスト転嫁はすでに起きており、設計・調達の脱炭素化が中長期の課題になる。
今後の拡大見通し
欧州委員会は現行6業種に加え、機械・家電などの完成品へのCBAM拡大を検討している。英国とEUのETS連結が成立すれば英国原産品は課金免除になり得る。現時点で完成品製造業への直接適用はないが、サプライチェーンを遡った排出量データの要求はすでに始まっており、「自社は対象外」と判断している企業も、取引先のCBAM対応を通じて間接的に影響を受ける前提で備える必要がある。
まとめ
CBAMは2026年に本格稼働し、課金は2026〜2034年に段階導入される。Omnibus簡素化で手続き負担は軽減(デミニミス50t免除)されたが、制度そのものは後退していない。対象素材の輸出事業者は第三国炭素価格の控除活用と排出量データ整備が急務だ。完成品メーカーは自社排出量だけでなくサプライヤーの炭素強度まで把握する体制の構築が、将来の制度拡大への備えになる。証書・申告の実務手順はCBAM申告の実務フローで扱う。
