ドイツ連邦環境庁(Umweltbundesamt: UBA)は2026年3月、EU ETS 2の市場安定化リザーブ(MSR)改革をめぐる分析レポートを公表した。VeytおよびThe Climate Deskが作成した全33ページの研究で、正式参照番号はClimate Change 15/2026。ドイツ排出権取引局(DEHSt)が2026年3月25日に告知している。

EU ETS 2は建物・輸送分野の燃料燃焼由来CO2排出を対象とする制度で、MSRはその市場に流通する排出枠の量を調整する仕組みだ。改革論議が続くなか、この研究が示したのは価格を安定させようとすると排出上限の信頼性が犠牲になるという定量的な結論である。

7案を4指標で比較

研究はVeyt社のEU ETS 2市場モデルを用い、議論されている改革オプション7種を比較した。評価指標は次の4つだ。

MSR改革案の評価に使われた4指標
01

TNAC(流通許可証総数)

市場に出回っている排出枠の総量。MSRの発動条件そのものに関わる中核指標。

02

許可証価格

排出枠の取引価格。事業者が直面する炭素コストに直結する。

03

MSRの年間放出・回収量

リザーブから市場へ放出される量と、市場から吸収される量。供給調整の実効性を測る。

04

システム全体のCO₂排出量

制度の環境目的そのもの。価格が下がった結果として排出がどう動くかを見る。

これら4指標はEU ETS 2の市場メカニズムを監視するうえでの主要KPIにあたる。分析はプロジェクト番号FKZ 37K2 44 108 0として実施された。

結論:緩めれば価格は下がる、ただし排出は増える

研究の主要な知見は明快だ。MSRによる排出枠の放出を寛大にするか、放出期間を延長するほど、価格は下落する。価格が下がれば事業者の負担は軽くなるが、同時に排出枠の供給量が増え、累積排出量も増加する。結果として排出上限(キャップ)の環境的整合性が毀損される。

研究はこれを「目的の矛盾(conflict of objectives)」として定量的に確認した。価格安定と目標整合性のどちらを優先するかは政策判断であり、両方を同時に最大化する設計は存在しないという整理になる。

さらに研究は、MSR緩和によってETS内部での削減が不足する場合、建物・輸送分野の既存削減目標を達成するにはETS外の追加的な気候政策を強化することが不可欠だと結論づけている。ETS単独での目標達成は困難になるという見立てだ。

実務への含み

この分析が実務にとって持つ意味は、炭素価格の予測だけで規制コストを見積もると外れるという点にある。MSRが緩和されて価格が下がったとしても、それは規制圧力が減ることを意味しない。削減目標が変わらない以上、ETSで取り切れない分は他の政策手段——燃費・断熱基準の強化、補助金の設計変更、個別規制——として現れる可能性が高い。

建物・輸送分野に関わる事業では、EUA価格の推移とあわせて政策ミックス全体の動きを追う必要がある。とくにEU域内に拠点や顧客を持つ場合、価格が下がった局面でも規制対応の負担が別経路で増えうることを織り込んでおくのが安全だ。

また、この研究がドイツの政府機関から出ている点も見ておく価値がある。EU ETS改革はメンバー国間で立場が分かれる領域であり、各国の環境当局が公表する分析は、その国が交渉でどの論点を重視するかを読む材料になる。

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