電気自動車のコスト競争力を左右する最大の変数は電池である。電池パック価格が内燃機関(ICE)車との総保有コスト(TCO)の境界を押し下げ、どの車格・地域でBEVが合理的になるかを決める。BloombergNEF(BNEF)の2025年末データは、この境界が着実に動いていることを示している。

2025年のリチウムイオン電池パック価格は、平均で108ドル/kWhへと前年比8%低下し、過去最低を更新した。用途別ではBEV向けパックが99ドル/kWhと、2年連続で100ドルの閾値を下回っている。化学組成別ではLFP(リン酸鉄リチウム)が81ドル、NMC(ニッケルマンガンコバルト)が128ドルだった。

価格低下を駆動する三つの構造要因

注目すべきは、この価格低下が電池金属価格の上昇局面で起きている点だ。原材料が値上がりしてもパック価格が下がった背景には、構造的な要因がある。

電池パック価格を押し下げた要因
01

セル製造の過剰能力

世界的なセル生産能力の増設が需要を上回り、稼働率確保のための価格競争が激化している。供給側の過剰能力が、金属コスト上昇分を吸収する形で価格を押し下げた。

02

LFPへのシフト

コバルト・ニッケルを使わないLFPの採用比率が上昇。LFPパックは平均81ドル/kWhとNMCの128ドルを大きく下回り、構成比の変化が全体平均を引き下げている。エネルギー密度より低コストを優先する用途で採用が進む。

03

定置用蓄電の牽引

定置用蓄電向けパックは70ドル/kWhまで下がり、前年比45%低下と最も急。輸送用と並ぶ量産効果の源泉になりつつあり、セル需要全体の底上げを通じてコスト低下を後押しする。

コスト境界は「世界一律」ではない

ここで実務上の落とし穴がある。コストパリティを世界共通の一点として語ると判断を誤る。BNEFのデータでは、パック価格は中国が84ドル/kWhと最も低い一方、北米と欧州はそれぞれ44%・56%高い。現地生産コストと、輸入電池への依存度の差が反映されている。

つまりBEVのコスト境界は地域ごとにずれている。中国市場ではBEVがすでにICE/HEVに対して価格優位を持つ車格が広いのに対し、欧米では同じ車格でも電池コストが高く、境界の到達が遅れる。中国・新興国でBEV化が先行し、西側で相対的に緩やかになる二極化は、この電池コストの地域差からも裏づけられる。

HEV/PHEVが中期的に厚く残る理由

電池価格が下がってもなお、HEV(ハイブリッド車)とPHEV(プラグインハイブリッド車)が中期的に底堅い理由がある。充電インフラの充足度、寒冷地での航続性能、そして上記の地域別コスト境界が、BEV一辺倒への移行を緩やかにしている。

各社のHEVライン増設やEV計画の延期は、しばしば「EV不要論」の根拠とされるが、より正確には投資タイミングのミスマッチと位置づけるべきだ。電池価格の低下がBEVのTCOをICE/HEVより下回らせ、急速充電網が充足すれば、HEV優位は縮小に向かう。逆に言えば、その二条件が揃うまではマルチパスウェイが合理的に共存する。

この見立ては反証可能だ。BEV用パック価格が主要地域で一段と下がり、急速充電網のカバレッジが閾値を超えれば、HEV優位は想定より早く縮小する。逆に電池価格の低下が鈍化し、地域差が縮まらなければ、HEV/PHEVの厚みはより長く続く。観測すべきは「世界平均の電池価格」ではなく「主要仕向け地ごとのパック価格と充電網カバレッジ」である。

市場全体の二極化の構図は世界EV販売2026:二極化する市場で扱っている。

参照ファクトカード

> 出典:BloombergNEF, Lithium-Ion Battery Pack Prices(2025年12月発表)。平均108ドル/kWh、BEV向け99ドル、LFP 81ドル、NMC 128ドル、定置用70ドル、地域差(中国84ドル/北米+44%/欧州+56%)は同調査に基づく。