2026年6月29日、英诺赛科(Innoscience)は140Wと1kWの全GaN構成AC-DC電源リファレンスデザイン2製品(INNDAD140C1・INNDAD1K0A1)を同時発表した。主電力回路のすべてを自社GaNデバイスで構成する「All GaN」設計でカバーする出力帯を一気に広げた格好だ。
リファレンスデザインの公開が持つ意味は、技術アピールにとどまらない。回路トポロジー・部品選定・熱設計の実測値まで一式を公開することで、電源メーカーは既存の設計工数と認証取得コストを圧縮できる。英诺赛科にとっては、設計の上流から自社デバイスの採用を仕掛ける戦略的な一手でもある。
60×60mmに140Wを収める:急速充電アダプターの縮小競争
PD3.1対応の急速充電アダプター市場は、出力を維持しながらいかに筐体を薄く小さくするかという設計競争が続いている。INNDAD140C1が示した一つの回答が、PCBAサイズ60×60×20mm・電力密度31.86W/in³という数字だ。入力90〜264Vac対応、最大出力28V/5A(140W)のPFC+AHB(非対称ハーフブリッジ)構成で、PFCスイッチング周波数は140kHz、AHBは130kHzで動作する。
変換効率を見るときは入力電圧の条件に注意したい。ピーク値96.21%は264Vac時のものであり、100V系が一般的な日本市場では90Vac時の94.25%がより実機性能に近い。それでも94%台はシリコン設計の中級品を十分に上回る水準で、GaN移行の動機としては実効的な差がある。
このグラフが示すのは、低電圧入力ほど効率の伸びしろが小さくなるという傾向だ。グローバル展開する製品の仕様書には、どの入力電圧条件の効率値を基準にするかを明記しておくことが判断材料になる。
量産認証面では、EN55022 EMI規格への適合が確認済みだ。熱評価の実測ではPFCインダクタ最大92.1℃・トランス81.1℃の温度上昇を記録しており、放熱バランスが均等であることが示されている。EMI適合済みの実測値つきリファレンスは、認証取得フェーズの工数削減を求めるOEM・ODMにとって、そのまま試作のたたき台になる。
1kWでSiCの主戦場に踏み込む
1kWクラスの産業用電源は、これまでSiCが性能面でアドバンテージを持ってきた領域だ。英诺赛科のINNDAD1K0A1がそこへ切り込む設計軸は、無ブリッジトーテムポールPFC+高周波LLC(動作周波数200〜600kHz)の組み合わせにある。峰値変換効率97.1%、電力密度60.6W/in³を、PCBAサイズ143×70×27mmで実現している。
140W設計との電力密度の差は見ておく価値がある。
1kW設計が約1.9倍の高電力密度を達成できる理由の一つが、LLCの広帯域動作だ。200〜600kHzという高い周波数帯は受動部品を小型化するが、同時にスイッチング損失が問題になる。GaNはシリコンに比べてスイッチング損失が低いため、この周波数域で余裕をもって動作できる。逆にいえば、この周波数域での動作品質を実現できなければ、60.6W/in³という数字は出てこない。
出力電圧は36〜54.6V(標準48V)で、ロボット・電動バイクのオンボード充電器・通信機器を主な対象としている。入力電圧帯と出力電力の関係には設計上の注意点があり、90〜176Vac入力では最大500W、176〜264Vac入力で初めて1kW満電力に対応する仕様となっている。単一基板でグローバルの100V・200V系両方をカバーできる点は設計の合理性を高めるが、100V系での最大出力が半減するという仕様は、グローバル向け産業機器の調達仕様書に明記すべき情報だ。
採用障壁を下げる:パッケージ互換と内蔵電流検出
GaN移行で設計チームがまず向き合うのは「既存PCBレイアウトをどこまで流用できるか」という問題だ。英诺赛科はここに二つの具体的な回答を用意している。
一つ目は、1kW設計の同期整流段に使う低圧GaN「INN150EB022EAD」のパッケージ互換性だ。EN-FCLGA 5×6パッケージは既存のDFN5×6シリコンMOSFETとフットプリント互換であり、PCBレイアウトと熱設計を大きく変えずにGaN品へ置き換えられる。動作周波数や熱分布が変わるため単純な差し替えで最適動作になるわけではないが、「白紙から設計する」のと「既存基板を検証しながら最適化する」では開発工数の差が大きい。先行投資した基板や金型を無駄にせずGaN移行できるかどうかは、量産移行コストに敏感なメーカーの採用判断を左右しうる要素だ。
二つ目は、140W設計のPFC段に使う700V GaNデバイス「ISG6117TM」の内蔵電流検出だ。TO252-4L・導通抵抗210mΩのこのデバイスは、無損失電流検出回路を内蔵した合封型設計を採用している。外付け抵抗が不要になることはBOM削減と実装面積縮小に直結し、90Vac低圧条件での効率向上にも寄与する。
2製品同時展開が映す戦略と、設計採用の判断軸
トポロジー
140W:PFC+AHB(非対称ハーフブリッジ) / 1kW:無ブリッジトーテムポールPFC+高周波LLC(200〜600kHz)
効率・電力密度
140W:峰値96.21%・31.86W/in³ / 1kW:峰値97.1%・60.6W/in³。いずれも主電力回路を自社GaNデバイスのみで構成
対象用途
140W:ノートPC・ゲーム機向けPD3.1急速充電 / 1kW:ロボット・電動バイク・通信機器向け中大電力
移行サポート
140W:EN55022 EMI適合・実測熱評価公開 / 1kW:DFN5×6 Si MOSFET互換パッケージ採用・グローバル単一設計
140Wと1kWを同時発表した意図は、コンシューマー向け小型充電から産業向け中大電力までリファレンスのポートフォリオを一気に整え、顧客の設計参入障壁を下げることにある。英诺赛科はITC裁定(Infineonによる米国向け輸入・販売禁止)という地政学的リスクを抱えながらも、アジア・欧州市場でのGaN採用拡大を積極的に推進している構図がここからも読み取れる。
設計採用を検討する際、リファレンスデザインはそのまま量産仕様になるものではない。自社の入力電圧要件・出力仕様・放熱環境との照合が前提になる。ただしEMI適合の確認済み基準値と実測熱データがすでに公開されている点は、評価フェーズを大幅に短縮する材料になる。パッケージ互換デバイスや内蔵電流検出といった「移行コスト削減の仕掛け」をどう活用するかが、GaN採用のスピードを決める一つの軸になりそうだ。